カヌマン研究開発本部

絢爛郷土カヌマンの研究を進めるイコール鹿沼の活性化だと思っている集団

絢爛豪華な文化財でござる

      2012/10/10

カヌマン五号参上!

すまぬ!それがしはどうしてもぶっつけが観たかったでござるが故に陣を離れてしまったでござる。

本心は前日の無形民俗文化財として国から指定されておる鹿沼今宮神社祭の屋台行事から観たかったでござるが、それを耐えたのだからぶっつけぐらい良かろう!

ぶっつけは興奮でござる!

 

江戸の時代より現代に引き継がれておる市の有形文化財、麻苧町・上材木町・久保町・戸張町・天神町・仲町・銀座二丁目・銀座一丁目・下横町・石橋町・下材木町・中田町・下田町・上田町の屋台をすべて観なくしてどうするでござる!

見事な色彩でござる!

 

鹿沼は例幣使街道の宿場でござる

例幣使街道は、家康の死後、京の朝廷の使いが日光東照宮に毎年御幣を捧げるために通った道であり中仙道・倉賀野宿から日光へ通じておる。

これらの彫物の全ては、富田宿の磯辺一族とその門下、さらに日光の寺社に携わった宮大工・彫刻師などが、日光の冬の厳しい寒さに鹿沼の町まで下り、彫刻屋台を何年もかけ作り上げた不朽の名作でござる。

見事な彫刻でござる!

 

漆塗りや豪華な色彩が施された彫刻屋台は「動く陽明門」とも言われ、一日中観ていていつしか時が経ち日が暮れてしまうほどでござる。

いつまでも見ていたいでござる・・・

 

それがしは大昔より鹿沼を見てきたでござるが、まだ彫刻など無く、舞台屋台で踊りや狂言を演じていた頃から現代までの200年ほどで絢爛豪華な屋台になるまでの歴史は様々なことがあったのでござるが、話せば長くなる故ここまでとさせてもらい失敬するでござる。

鹿沼出身で良かったでござる

 

 - カヌマン

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