カヌマン研究開発本部

絢爛郷土カヌマンの研究を進めるイコール鹿沼の活性化だと思っている集団

あの日を忘れることはありません

   

ヱンデバー伊藤です

 

今日3月11日は東日本大震災から丸2年という日です

 

Wikipedia先生によれば、2013年(平成25年)3月11日時点で、震災による死者・行方不明者は18,549人、建築物の全壊・半壊は合わせて39万8,462戸、ピーク時の避難者は40万人以上、停電世帯は800万戸以上、断水世帯は180万戸以上に上っている。復興庁によると、2013年2月7日時点の避難者等の数は31万5,196人となっている。

 

私たちが在住している鹿沼市は大きな被害こそありませんでしたが、栃木県全体で見れば自動車メーカーの工場の壁が崩れ下敷きになり犠牲になられた方、さらに農作業中の夫婦が山崩れに巻き込まれ犠牲になってしまいました。また、各自治体で建物倒壊の被害も大きかったです。

 

私たちカヌマン研究開発本部(鹿沼ヒーロー計画)も、何かをしなきゃとメンバーは一丸となりました。

普段「鹿沼のヒーロー」と呼ばれているカヌマンも、このときばかりは無力を実感しました

 

しかし、私たちが行っている「ヒーロー」とは、物理的な力よりも人々の心で輝くヒーローでありたく、人々の笑顔や我が町の自慢にしてもらったりとか、そういった心を救えるヒーローでありたい。

きっと読者の中にも大きく輝く心の支えがあると思います。それが家族であるとか大好きな恋人だったりするでしょう。皆さんの心の中で大きく輝く心の支えの隣でカヌマンも小さくても輝けるそんな存在でいられるように頑張っていかなければなりません。

 

当時、カヌマンはすぐに実行できることとしてNPO法人かぬま市民活動サポーターズの皆さんなどと募金活動を行いました。

福田屋鹿沼店での募金

 

買い物に来られた方々から、多くの募金をして頂きました

ヨークベニマルでの募金

 

募金をお願いする方、募金をする方、心は一つでした

みんなで募金しました

 

鹿沼市は震災直後から、福島県飯舘村などからの避難者を受け入れてきました。

そこには心にも大きな傷跡を作られてしまった子供達も多く避難されました。

カヌマンはその子ども達の心に少しでも光を与えたくて、避難されているところに行きました。

フォレストアリーナ

 

子ども達はカヌマンや研究員を喜んで受け入れてくれました。

「また来てね!」「また会えるよね?」そんな言葉が私たちの心には今でも染みこんでいます。

研究員も一緒に遊びました

 

鹿沼市に住み被害がほとんど無かったことで私たちは、のど元過ぎれば熱さ忘れるになってはいないだろうか・・・

今日という日に、当時のことを振り返り、私たちが出来ることをしていく意味はあると思います。

それが「心の支え」というだけでも・・・

 

 

不謹慎かもしれませんが、昨年研究員が消防の指導を受けながら行った訓練の動画を一緒にアップします

地震が来たら、落ち着いて行動することが肝要なのです



 http://youtu.be/xPWWj088Mm4

 

2013年3月11日 ヱンデバー伊藤

 - ヱンデバーの補完計画

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